
思考の「野生」を取り戻す―ショート動画時代に私たちが失いつつあるものと処方箋
忙しさに追われ、気づけば「考える余裕」がなくなっていませんか。
ショート動画が身近になった今、私たちの思考力はどんな影響を受けているのでしょう。
今回は、最新の研究をヒントに、あらためて“考える力”との向き合い方を考えてみます。
はじめに:「忙しさ」の質を問う
早いもので、今年も師走を迎えました。「師(僧侶)が経をあげるために走り回る」という語源の通り、12月はどちらの企業にとっても、一年の総括と新年の準備に追われる最も慌ただしい季節です。
皆さんの職場でも、今年度の成果のまとめや、来期の目標設定に追われていることでしょう。しかし、この時期だからこそ皆さんに問いかけたいことがあります。
その「総括」、PCの画面上で数字や文字を追うだけの作業になっていませんか?
もしそうなら、私たちは現代特有の「ある危機」に直面しているかもしれません。
現代の危機:10万人規模の研究レビューが示す「思考力の低下」
「現代で最も危険な依存症は、薬物ではない」——ある衝撃的な研究結果が、私たちビジネスパーソンに警鐘を鳴らしています。
2025年に発表された、(研究全体で)約10万人規模のデータを対象とした最新のメタ分析(複数の研究結果をひとまとめにして、全体としてどんな傾向があるかを統計的に確かめる方法)において、ショート動画の利用が多いほど、「注意力」や「抑制機能(衝動を抑える力)」が低い傾向が報告されています(Nguyen et al., 2025)。特にこの二つの指標については、比較的はっきりとした関連が確認されています※。
もちろん、これは「動画を見るから能力が下がる」のか、「元々集中しにくい人が動画を好む」のか、因果関係が完全に特定されたわけではありません。ただ、日ごろからショート動画を長時間見ることが習慣化している方で、「最近、考え続けるのがしんどい」と感じているなら、その「思考し続けるための体力の低下」には、一定のデータが示す傾向があるということです。
※認知全体との相関 r = −0.34、注意 r = −0.38、抑制機能 r = −0.41。rは相関係数(−1〜+1)で、絶対値が大きいほど関係が強く、マイナスは「利用が多いほど指標が低い傾向」を示す。

この「思考の体力低下」は、大きく二つの形で現れます。
●「考える体力」の低下
受動的に流れてくる動画を長時間消費することは、脳にとって「自分で問いを立てて考える回路が使われにくくなる」ことを意味しかねません。自分で問いを立て、考えることを放棄してしまうリスクがあるのです。
●困難な課題への「忍耐力」喪失
スワイプ一つで即時報酬が得られることに慣れた脳は、答えの出ない「退屈」や「停滞」に耐えられなくなります。
問い:私たちはどうすればいいのでしょうか
こうした「思考の体力低下」という時代の流れに対して、私たちはただ流されるしかないのでしょうか。
忙しさが加速し、即時性が価値として求められる現代においても、私たちが意識的に取り戻すことのできる思考の体力低下を回復する方法は、まだ残されているはずです。
ここからは、そのためのいくつかの「処方箋」を考えてみたいと思います。
処方箋①:「分からなさ」に耐える力(ネガティブ・ケイパビリティ)を身に着ける

以前、「ネガティブ・ケイパビリティ(不確かさの中で事態や情況を持ちこたえ、不思議さや疑いの中にいる能力)」をご紹介しました。まさに今、この力が再び求められています。
ネガティブ・ケイパビリティについて、詳しくはこちらの記事で解説しています。
ビジネスの現場は、ショート動画のように数十秒でオチがつくことばかりではありません。むしろ、簡単には答えが出ない、正解のない問いの連続です。
スマホを置き、情報の奔流から離れ、あえて「退屈」や「停滞」の中に身を置くこと。即座に解決しようとせず、じっくりと課題に向き合い続けること。この「思考の持久力」こそが、AIやアルゴリズムが台頭する現代において、人間だけが発揮できる価値を生み出す力といえるかもしれません。
処方箋②:「手書き」で思考力を鍛える
では、その「耐える力」、すなわち「思考の持久力」を鍛える具体的な方法はあるのでしょうか。私たちからの提案は、「PCを閉じ、ノートとペンで思考する」というアナログへの回帰です。
これは単なる懐古主義や精神論ではありません。近年、脳科学の分野において「手書き」が脳にもたらす効果が再評価されています。
●「理解」の深さが違う(認知心理学の視点)
ミューラーとオッペンハイマーの研究(2014)では、手書きが情報を脳内で要約し「意味的に再構成」するプロセスを促す可能性が示されました。近年の追試(Morehead et al., 2019等)では再現性に課題も指摘されていますが、多くの学習者が「キーボード入力は記録になりがちで、手書きの方が頭に残る」と実感している経験則は、無視できない視点です。
●脳の創造的結合(脳科学の視点)
脳の働きを直接測定した証拠として注目すべきは、ノルウェー科学技術大学のファン・デル・メール教授らによる脳波研究です。
2017年の研究では、手で「描く」動作(drawing)がタイピングより広範な脳活動を引き起こすことが示されました。さらに2024年の研究では、手書き(handwriting)の動作が脳の広範な領域の「神経ネットワークの結合」を著しく活性化させることが確認されています。
PCのキーを押す単純作業とは異なり、手書きではただ手を動かすだけではなく、「目で見る・書いた感触を受け取る」という複数の処理が同時に走るため、より多くの脳領域が協調的に働くということです。
「書いている瞬間に、ふと別のアイデアが降りてくる」という経験をしたことはないでしょうか。それは単なる気のせいではありません。この脳のネットワーク統合が、問題解決や創造的思考を支援するメカニズムとして働いている可能性があるのです。
●思考は身体から生まれる(拡張された心)
クラークとチャーマーズ(1998)が提唱した「拡張された心(The Extended Mind)」という概念があります。思考は脳の中だけで完結するのではなく、身体や道具との相互作用で生まれるという考え方です。
ペンを持ち、図を描き、矢印でつなぐ。このプロセスにおいて、ノートは単なる紙ではなく、「外部化された脳の一部」として機能します。PC画面では見えなかった「概念のつながり」が手書きで見えてくるのは、身体を使って思考を拡張しているからに他なりません。
おわりに:来るべき年に向けて、思考の野生を取り戻す
12月は一年の「けじめ」の時です。
この年末、今年一年の振り返りを、あえてPCではなく、お気に入りのノートとペンで行ってみてはいかがでしょうか。
PCの変換候補に頼らず、自分の手で文字を刻む。
その時間は、ショート動画のような即効性はありません。しかし、研究が示すように、深い理解や創造的な結合につながりうる時間が、そこにはあります。
デジタルの速さに流されず、自分の頭と身体で考える「野生」を取り戻すこと。
それこそが、また次の年を、より創造的で人間らしい一年にするための、確かな土台となるはずです。
▶関連記事
▶参考文献
本記事は、以下の研究・理論を背景として構成されています。
■ 思考は脳だけで完結しないという考え方
Clark, A., & Chalmers, D. J. (1998). The extended mind. Analysis, 58(1), 7–19. https://doi.org/10.1093/analys/58.1.7
■ 手書きと学習・理解の深さに関する研究
Morehead, K., Dunlosky, J., & Rawson, K. A. (2019). How much mightier is the pen than the keyboard for note-taking? A replication and extension of Mueller and Oppenheimer (2014). Educational Psychology Review, 31(3), 753–780. https://doi.org/10.1007/s10648-019-09468-2
Mueller, P. A., & Oppenheimer, D. M. (2014). The pen is mightier than the keyboard: Advantages of longhand over laptop note taking. Psychological Science, 25(6), 1159–1168. https://doi.org/10.1177/0956797614524581
■ 手書き動作と脳のネットワークに関する研究
van der Meer, A. L. H., & van der Weel, F. R. R. (2017). Only three fingers write, but the whole brain works: A high-density EEG study showing advantages of drawing over typing for learning. Frontiers in Psychology, 8, Article 706. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2017.00706
van der Weel, F. R. R., & van der Meer, A. L. H. (2024). Handwriting but not typewriting leads to widespread brain connectivity: A high-density EEG study with implications for the classroom. Frontiers in Psychology, 14, Article 1219945. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2023.1219945
■ ショート動画利用と認知機能に関する研究
Nguyen, L., Walters, J., Paul, S., Monreal Ijurco, S., Rainey, G. E., Parekh, N., Blair, G., & Darrah, M. (2025). Feeds, feelings, and focus: A systematic review and meta-analysis examining the cognitive and mental health correlates of short-form video use. Psychological Bulletin, 151(9), 1125–1146. https://doi.org/10.1037/bul0000498

















